2014/03/06

■コラム■今のグローバル人材育成が路頭に迷う訳(その1) ≪アジア時代の人材育成≫

夜9時近くまでクライアント内にいました。仕事が残っていて忙しいにも関わらず、英語で必死にプレゼンテーションの練習をしていました。この後も残業をして帰る雰囲気がありました。

本当に感服です。日本人は基本的に勤勉ですね。特に強制されない場合は。

しかし、どうしたらこの真面目なマインドを世界に伝えられるのでしょうか。勤勉なのですが、ここが問題です。 つまり、勤勉は得てして謙虚であり、主張は好まないからです。

結局、いいもの(こと)が伝えられずに終わる・・・。世界は日本人の「背中」を見ても、そこからメッセージは読み取れない・・・。どうするか。

謙虚に、自分たちの勤勉さを新しい方法で主張するしかないと思うのです。「勤勉さ」というのは、仕事を「高精度(職人的)」に行うための姿勢・態度、ひいては思考・哲学とも言えます。

話が逸れますが、江戸時代の識字率は、産業的に発展した国や他のどの国よりも高かったようです。70~86%というと、今は決して高くはないですが、当時の比較では相当に高かったようです。

驚くのは、文科省などは無く、ましてや指導要領なんて無い時代ですから、若い丁稚などは、自分の必要度合いに応じて寺子屋やその道の達人から勉強まね、やり方を盗む)をしていた訳ですね。

強制というよりは、必要性が動機付けをしていたといえるでしょう。私は江戸時代の専門家ではないのですが、思うにこの時代は商業が盛んで、商いを持続させるために、多くの人々が実利の勉強を渇望していたのでしょう。読み書きそろばんは、必須アイテムだったのですね。 勤勉さの片鱗は、こういったところにありそうです。

育成の発想を大きく変えて、もし世界中の企業内に寺子屋が作られたら、日本人に対する眼差しが変わると思います。寺子屋式の研修はシステマティックではなく(自由であり)、教育的(形式的)には未完成です。

しかし受講後、自分の課題が如実に判り、現場に戻った時に大いに役に立つ。つまり、今流でいうアクションラーニングであり、考え・行動の至らなさに気づく場です。

そして強制しない環境なので、気づきを得、本来の謙虚さや勤勉さを生み出すでしょう。そうなれば、自然に○○WAY(会社のやり方、ビジネス手法等)を容易に浸透させることができますよね。ひいては間接的に日本文化を知らしめ、多弁をせずとも、相互にコミュニケーションが成立すると思うのです。

≪ふすまを開けて世界に出よう!≫ 
アジア時代の人材育成を考える コラムニスト 中川直紀

http://glblbizp10.blogspot.jp/

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