2014/05/06

シリーズASEAN事情(11)ベトナムの生産拠点としてのポテンシャル

■旧フランス領インドシナから独立したベトナム

今回はベトナムの経済状況、生産拠点としてのポテンシャルを見ていきましょう。旧フランス領インドシナから独立した3カ国であるベトナム、ラオス、カンボジアの中で、日本人が最も強くイメージを持つ国がベトナムではないでしょうか。近年は、世界遺産に登録されたハロン湾やベトナム料理、アジア雑貨といった観光資源が注目を集めています。

正式な国名は「ベトナム社会主義共和国」(Socialist Republic of Viet Nam)、首都はハノイ、人口は8,877万人(2012年、)面積は331,689平方キロメートルで日本のおよそ0.88倍。首都であるハノイの人口は644万9,000人、一方、ホーチミン人口712万3,000人。言語は主にベトナム語でほかに少数民族の言語もある。宗教は仏教が約80%、そのほかにカトリック、カオダイ教、ホアハオ教など。公用語はベトナム語。実質GDP成長率は5.5%(2012年)、一人あたりのGDP(名目)は1,528ドル(2012年)、失業率3.3%(2012年)となっています。

フランスからの独立戦争(第一次インドシナ戦争)の後、北緯17度線を境にベトナム民主共和国(北ベトナム)とベトナム共和国(南ベトナム)に分断、冷戦の縮図とも言えるベトナム戦争((第二一次インドシナ戦争)では多くの犠牲を払うことになります。1976年4月、南ベトナム消滅による南北統一。その後、1978年にはカンボジアに侵攻(第三次インドシナ戦争)し、それを避難する中国との間で中越戦争にまで発展し、世界各国は援助を停止し、ベトナムは孤立することになります。しかし、国内経済が疲弊したベトナムは、1989年カンボジアから完全撤兵し、カンボジア・ベトナム戦争が終結。1991年には越中関係は正常化。
2007年1月には世界貿易機関 (WTO) に正式加盟、ODAは日本が最大の支援国であり、ベトナムの基幹インフラの整備に日本は大きな役割を果たしています。近年、投資先としても注目を集めています。

■ベトナムとの出会い・・・

筆者がベトナムを「知った」のは、30年以上前、1冊の文庫本との出会いからです。それは、近藤紘一さんの『サイゴンから来た妻と娘』という作品です。まだベトナム戦争が遠い過去ではなかった時代です。

1980年代、日本ではまだまだ欧米志向が強かった時代です。いまのように、アジア圏が注目される前のことであり、近藤紘一さんの書かれたインドシナ関連の書籍は、当時とても貴重でした。現在でも、東南アジア各国の本屋さんに行くと、近藤紘一さんの著作は入手可能です。東南アジアの在留邦人にいまも愛読されている証左でしょう。



◇もの作りのスペシャリストのための情報ポータル「MONOISTist」にて
 知っておきたいアセアン事情」を連載中
 http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/kw/fpro_aseanpro.html

◇コラム DCS代表 栗田 巧

http://www.dcs-group.jp

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