2014/04/01

シリーズASEAN事情(6)タイプラスワン戦略におけるカンボジア、「残された楽園」に潜む可能性と危険性

今回のテーマはカンボジアです。カンボジアとはどんな国か簡単にご紹介しましょう。

かつてはクメール王朝の栄華を誇ったカンボジアですが、フランスからの独立後は苦難の歴史でした。ベトナム戦争そのままに、アメリカと南北ベトナムの介入から、カンボジアは内戦状態に陥りました。一度は、親米政権が成立しますが、その反動で台頭したのが極端な共産主義を掲げるクメール・ルージュのポル・ポト政権です。

1975~1979年の4年弱のポル・ポト政権期間に拷問や飢餓などで100万とも200万ともいわれる死者が出たとされています。当時の総人口の20%前後に相当するすさまじい数字です。現在でも、大量虐殺を行った場所「キリング・フィールド」はカンボジア各地に多く残っています。

その後、カンボジアでは、国連主導下で民主選挙が実施され、1998年に選出されたフン・セン首相は、現在まで続く安定政権となっています。このフン・セン首相は、タイから国外逃亡中のタクシン・チナワット元首相をカンボジア政府の経済顧問に迎え入れ、隣国タイとの関係を悪化させてしまいました。タクシン元首相とは個人的に親密な関係であったといわれていますが、大きく立ち遅れた国内経済を発展させることを優先させる手段であったのかもしれません。

ここでちょっと私見を述べさせてください。学校で習う世界史、日本史のカリキュラムを否定するわけではありませんが、東南アジアの近現代史をほとんどカバーしない内容には疑問を感じます。隣人である東南アジア諸国を正しく理解するには、東南アジア近現代史をひも解くことも大切だと思います。東南アジアの「今日」を正しく理解するには、少なくとも、「昨日」くらいは知っておく必要があるということです。

■中小キ的な戦略がなければ難しい

筆者個人としては、不幸な歴史が繰り返されたカンボジアが、「タイプラスワン戦略」をきっかけに、豊かな国へ変わって行くことを願っています。しかし、残念ながら、労働賃金の低さを背景とした製造セクターへの投資が、中長期的に、この国を豊かにしていけるのか大きな疑問を感じています。カンボジアへの製造拠点シフトはまだ緒に就いたばかりです。他の開発途上国同様、民間企業だけではなく、政府間を含めた枠組みの中で、中長期の成長戦略の策定が求められています。

最後に、カンボジアといえば忘れてならないのがアンコール・ワット遺跡です。筆者の17年に及ぶ東南アジア在留中に訪れた場所で再訪したいところが2カ所あります。インドネシア・バリ島のウブドと、このアンコール・ワット遺跡です。日本からシェムリアップ(最寄空港)へは直行便が就航していないため、知名度の割にはメジャーな渡航先ではないようですが、アンコール・ワットを中心とした遺跡群は必見です。機会を作ってでも訪れる価値があります。



◇もの作りのスペシャリストのための情報ポータル「MONOISTist」にて
 知っておきたいアセアン事情」を連載中
 http://monoist.atmarkit.co.jp/mn/kw/fpro_aseanpro.html

◇コラム DCS代表 栗田 巧

http://www.dcs-group.jp

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